生意気

生意気な主が生意気に語るブログ 車が好きで自動車整備士になるも職場環境が悪く8ヶ月で退職し現在フリーのwebライターとして活動中。自分の趣味のこと、フリーで生きていくには?自動車整備士(笑)とは?を発信中

落合陽一が使った影響で「エモい」が意識高い系の言葉になりつつある

現代の魔法使いとして名高い落合先生。
だいぶ昔に彼の本を読んだ所感的意味合いで記事を書いたけど、あの時同様意味不明になりそうだけど、すこし今の思考をまとめておきたいと思います。

日本には幸せなことに色々なエンタメ・カルチャーが存在します。落合先生も「エンタメは必要無いけど、無かったら世の中寂しいでしょ」的な名言を残している。

この名言すごく革新的で好き。

うまい具合に落合先生の話に繋がったけど、再度エンタメカルチャーの話。

現代には色々なカルチャーが溢れている。漫画や音楽、意識高い系なんかもそうだと思う。

そんな各カルチャーで色々な用語が存在します。ワロタとかパリピとか、バイブスあがるとかマンモスうれピーとか(?)

オタク文化だったら彼らにしか通じない言葉があって、それはなかなか外に出てくることはなかった。
ンゴみたいな外に出てきてしまった言葉もあるわけだけど、こと「エモい」に関しても外に出てきてしまったような気がしてならぬのだわてくしは

「エモい」てロック好きが使う用語では無かったか?

「エモい」は「Emotional」が語源で「感情的・情緒的」という意味があります。

なんとも言語化が難しいですが

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おおよそイメージこんな感じです。
我ながらこの写真エモいと思うの。

見ると胸がキュってなるような感情に対して「エモい」という言葉を使います。

んで、ことロック音楽に関してはこのエモい状況が多発する。
曲のメロディ、演奏。ライブのMC、会場の雰囲気、それらに対してエモいという表現を使いがちになってしまいます。
もうライブキッズはすぐにエモいを多様したがるわけで

 

言ってしまえば、サブカル文化に浸透していたはずの言葉がなぜか最近意識高い系の界隈でも見かけるようになってきた。

その原因が落合陽一先生である。

落合陽一の写真エモすぎんよぉぉぉぇぇ 

エモい使い過ぎいいいい

 

落合先生をフォローしている意識高い系の人々がこういった先生の影響でみんなエモい使いまくってるのを見かけます。

 

スーツでバシッと身を固めたバンドで言うところのアー写か?みたいなアイコンの人がエモいって使ってるのを見ると僕のような意識の低い邦ロック好き(笑)は違和感を抱きます。

 

僕も影響を受けやすい質なので、気持ちは分からんでもないが、全く異なる人種が使っているのを見るとどうにも変な気持ちです。

アディオス