生意気

生意気な主が生意気に語るブログ 車が好きで自動車整備士になるも職場環境が悪く8ヶ月で退職し現在フリーのwebライターとして活動中。自分の趣味のこと、フリーで生きていくには?自動車整備士(笑)とは?を発信中

コミュ障は潜在的にすごい能力を秘めてるんじゃないかという期待感

コミュ障の人と話す時の目線をそらしがちにする感じが、どうにもむず痒しくて嫌になるときがあります。

 

僕の中のサディスティックが疼いてついついちょっかいを出したくなってしまうのだ。なんて愚かな人間だろうかしかし、人は必ずどちらかに組みしているのだから、多少人をイジるくらいの悪いことをしてもいいだろう。その代わり人に席を譲る優しさを見せるから

 

ただ時折思うのが、コミュ障の人独特の感性というものに、僕は何か凄い力を秘めているんじゃないかと思ってしまうのだ

 

空気を読む力は一品

コミュ障なんて差別的な言葉だけど、実際は障害でもなんでも無くて、ただの得意不得意の話で、コミュ障だからってなんら気に病むことはないんだと常思う

 

自分はコミュニケーションが苦手だというコンプレックスに対して向き合っているだけ、素晴らしいとは思う。向き合ってればね

 

コミュニケーション障害って言ってしまえば「相手の顔色を伺いすぎてる」ってわけで、なぜコミュニケーションが苦手かっていうのは、相手にどう見られるかを気にしすぎているという所に辿り着く

 

ただそれって裏を返せば「空気を読める」ということ

 

こと僕に関しては中々にKY(←これって死語?笑)なところが散見され、ときおり場をぶち壊すことも多々ある

 

というかぶち壊しに行ってる部分もあるんだが

 

ただ、この空気を読む行為って自分を自制しがちで、思ったことも言えないこんな〜になってしまい、あまり良い風には聞こえない

 

だけど実はこの空気を読むってすごく大事なんじゃないか、コミュ障の空気読む技術と付かず離れずの距離感の作り方は逸材なんじゃないかと、最近の僕の研究でおもうところです

 

空気を読む

なんで空気を読むことが大事かっていうのは、自分の領域に立ち入らせない適度な人との距離感を得るのに必要なスキルなんだと思った

 

空気読んでイエスマンになることで、議論を生まなければ人と深いかかわりなんて持てない。(僕はそう思ってます)

 

別に人との接点、絡みの持ち方なんて自由だけど、ただのイエスマンって正直つまらないし、そもそも会話にはならない

 

あ、てかそれがコミュ障なのか

 

コミュ障の方って、ある意味では自分の領域をしっかりと理解していて、自分の考えとかしっかりしているんだなぁなんて思ってしまったのだ勝手に

 

感性が凄いと

もうね、コミュ障の方はおそらくきっと自分独自の世界観を持ち合わせてるんだなって思う時がある

 

コミュ障の人が一回スイッチ入った時の喋りをご覧になった方は分かるだろうが、実はめちゃくちゃ考えている

 

ただそんな喋りすぎる自分が嫌で、どこかで自制している自分もいて、それが結果としてコミュニケーション障害という形になってしまっているのかと思っている

 

コミュニケーションが苦手な人って喋ることが苦手とか、なんも考えてないから喋らないとかじゃなくて、人との距離感の取り方とかそういうのがわからないんじゃないだろうかと、僕は分析した

 

でもその身、心の中では実はめちゃくちゃ考えているんだろうし、実はめっちゃ頭良かったりで、実は能力高いんじゃないか

 

そう、思ったのである

 

知人のAさん

 

なんで僕が境地にたったのかというと、今一緒に仕事しているAさん(仮称)が、典型的なコミュ障なのだ

 

見た目はふわっとした青年然としており、口数は少なくどもり口調。喋っても「え、あっ」から始まるようなダメな方の「あ」の使い手(前記事参照)

 

コミュ障で働けるの?と心配なコミュ障諸君は、ぜひ彼のことを見習って欲しい彼は、口数も少なく人と目も合わせずに仕事をしている。役職としては経理なのでそれなりに人と関わることもある。

 

銀行でも終始”あ”口調なのだろうかと心配して本人に尋ねて見たところやはりどもるとのこと。おおっと、それでは現行員が不憫だろうと、思い僕が銀行員役でさながら面接練習よろし銀行練習したけど、そもそもノッてくれなかった

 

ノッてくれなかったけど、その時に「フフッ」て笑った時に、Aさんとの距離が縮まった気がしたのだ

 

ああ、コミュ障でもこっちのコミュニケーション次第で心開いてくれるんだなぁって思った出来事でした

 

アディオス!