生意気

ネット関係に勤める僕が生意気にも好きなことを語る備忘録的ブログ。好きな言葉は「急がば回れ」

電車で席を譲る時の最もスマートな方法を目撃した

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どうもこんにちは、生意気(@canworks100)です。失礼します。

 

皆さん、電車乗ってますか?

 

僕の町はほんとに田舎で、駅まで徒歩50分というありえない土地に住んでいます。飲んだ帰りはだいたい歩きで50分の道のりを、明かりの少ない中テクテクと歩いて帰るようになりました。

 

最近はその時間すら勿体なく感じ、タクシーか友達or家族を呼ぶことを覚えましたが、ほんとに不便で仕方ありません。せめてバスをもっと遅くまで走らせてほしいものです。

 

そんば僕ですが、最近は仕事で電車を利用して通勤しています。片道一時間の中、3DS片手に今日もポケモン育成してます。

 

朝は少し遅めに行けるので、通勤ラッシュを避けることができ、比較的席に座れるのですが、帰りだとそうはいきません。帰り際はだいたい満員電車に乗って帰ってくるので、立ちっぱなしだと疲れます。その間ずっとポケモンやってますが。

 

帰宅ラッシュって夜17時以降から無限に続いている気がするのですが、なぜなんでしょう。下手したら終電でも満員な日があります。どんだけ残業民多いのだ。

 

満員電車で最も気を使うことって「誰に席を譲るか?」だと思います。特にご老人には席を譲らねば、若者の立つ瀬がありません。

 

かと言って別に恩を売りたくはないので、わざわざ「どうぞ〜」という感じで譲りたくない。むしろご老人はその後の話が長くなるから、正直めんどいです。あんまり絡みたくはありません。

 

ありがとね〜から、何故か身内の話になったり、僕の素性を聞かれたりして、あれは何かの取り調べかと。そんなことより金品要求します。

 

要は、”無駄な絡みはしたくないけど席は譲りたい”という斜に構えた善意が僕の中にあります。しかし席を譲った後の絡みが非常にだるい。そんな悩みを抱いていた僕はつい先日、この世で最もスマートでかつ僕の要望を全て満たした画期的な方法を目撃したので紹介したい。

 

席を譲る時に迷う

席を譲るときは多少の迷いが生じます。僕の場合は”席を譲った後の絡み”これほんとやだ。別に僕はコミュ障ってわけでは無いですが、嫌です。めんどくさい。失礼極まりないですがめんどくさい。

 

だから僕は席を譲るべきかいつも迷う。ついでに譲るべきかどうかというのも人で判断してます。”譲られて当然”というご老体には、残念ながら足腰を鍛えてもらおうという、意地の悪さ9割、優しさ1割の思いで決して席を空けない。

 

こないだあったのは僕が席に座ってる目の前で”この間席を譲ってくれた若者”の話をしだすオバハン。単純にうざいから気にせず、そのままアチャモのタマゴを孵化してました。

 

まぁでも大体譲りますよ。大体は、人は選びますが、目を合わせてペコってしてなるだけ無言で。そうするとありがとう!!!!!みたいなテンションで話し始める婆さんとかもいらっしゃいますが、僕はほとんどニヤニヤ会話して終わりです。そこそこ電車がいる中で大声で話さないでほしい。

 

さて、本題。僕はなるだけ無駄な絡みもなくその場を去りたいので、できることなら老人は電車に乗らないでほしいと常思っている。

 

しかし先日見た席の譲り方は、かなりスマートで僕も今度パクろうと思った。

前置きなげーよ。

 

スマートに席を譲る方法

仕事の帰り際。時間はだいたい9時頃になりますが、やっぱり人が多い。都心から郊外に帰る人は思いの外多いのだなと関心する。

 

もちろん席に座る余裕なんて無いほどギュウギュウで、僕はそのスペースの中で3DSを開くことすら困難な状況になっていた。手持ち無沙汰だったので、なんとなく周りを見てみると、僕の近くの席に”老人に席を譲らなければいけないであろう状況”のサラリーマンが一人いた。

 

そのサラリーマンの目の前に、明らかな”席を譲られるべき存在”が立っており、これ譲るよな?と僕はしばしその二人を観察していた。

 

僕だったらペコっとしてその場をそそくさと立ち去るだろうな、と考え僕じゃなくてよかったなんて考えていた。

 

やがて電車は次の駅に到着しようとしていた。そこでそのサラリーマンがスクっと立ち上がり、どうやらここで降りるようだと、誰もがそう思っていただろうと思う(たぶん僕と目の前のばあちゃんくらい)

 

そのサラリーマンは電車のドア付近までギュウギュウの中出てきて、駅に着くのを待っていた。さっきまでサラリーマンの前で立っていたばあちゃんは、空いた席に何の気無しに座ったことだろう。

 

おお、座れた。よかったなと僕は思い、なんとなくそのまま、目の前にいるさっきまで席に座ってたサラリーマンを見ていた。そして電車は駅に到着する。

 

満員電車の中、「降ります!降ります!」と降りていく中、あろうことかそのサラリーマンは道を空けるだけで、一向に降りる気配がない。

 

ここで僕は始めて気がついたのだ。

 

席を譲るために降りるフリをしたのだと・・・!!

 

こんなクールでスマートな席を譲る方法があったのか!と僕は衝撃を受けていた。このさりげない優しさに気づいたのはあの電車の中でどのくらいいたことか・・。

 

席を譲られたと自覚の無いまま席を譲られたばあちゃんと、なんの絡みも無く席をゆずったサラリーマン。

 

この方法の真髄は”気を使わせてしまった”という気を起こさせずに、かつ両者とも接点を持たずして、円滑に席の譲り合いができたこと。譲られた方も少なからず申し訳無さと人によっては年寄り扱いされたという気持ちを持つ人もいるかもしれない。

 

この方法は万人に通ずる”正しい席の譲り方”だと僕は感動を受けていた。僕は特に絡みも無く後腐れなくその場を離れたい。これだったら難なくそれが可能なのである。唯一残るのは僕の尻の体温くらいか。

 

クールだけどほっこりした話でした

意外と世の中捨てたもんじゃないな、と思う。というか人って悪い方ばっかに目が行きがちだけど、意外と他人って優しかったりするし、求めなければそこまで気にならない。

 

席を譲られてありがとうとか、感謝されるのもいいかもしれないけど、正直そんな感謝されるのはどうでも良くて、僕自身年寄りになったら、満員電車でも席に座りたいので、今は席を空け渡す側になろうと考えてる。

 

ただここまで当たり障りなく、全く周りに気づかれない優しさを与えたサラリーマンを僕は心から尊敬する。普通に考えたら思いつくような譲り方かもしれないけど、そもそも席を譲る人の方が少ないので、僕は余計に感動するのだ。

 

次回から僕はこの方法をパクって行こうと思う。

 

というか席に座る必要なくね?

 

アディオス