生意気

自動車整備士だった僕が退職してネット業界の人間に転身!仕事を悩める人に新しい価値観を提供したい系雑記ブログ

働きたい人だけが働いてそれ以外は休んでもいい

好きな仕事だったらいつまでもできる

 

ずっと会社にこもって仕事して、朝昼晩休み関係なく、やる気があれば働いてもいい

 

社畜なんて言葉もあるけど、あれは決して揶揄なんかではなく、人によっては褒めの言葉になるし生きがいに繋がる人もいる

 

だけどそんな仕事に巡り会える人なんて極わずか

圧倒的に少数派なわけで

 

仕事の存在意義

仕事というのは簡単に二極化ができる

 

  • 働きたい人
  • 働きたくない人

 

んで、ここで細かく区別すると

 

  • 生活のために仕事する人
  • 仕事が生活になってる人

 

に分けられる

 

これ以外ってあるのかな?

例えば強制労働なんかは嫌で嫌で仕方ないけど絶対に辞められない仕事

カイジの地下労働施設がそんな感じだけど、大別すると「生活のために仕事する人」に分類される

 

だから仕事は簡単にこの二つの分類に分けることができる

 

仕事の存在意義って結局=生活に繋がる

 

僕は残りの人生の大半を仕事に費やすなら、仕事も充実させたいと考えている

これが僕がしごとに仕事に求める存在意義で「目的」だ

 

対して非常に多い派閥としては生活するための「手段」として捉える仕事

 

生きる上で仕事があるのはしょうがないし、辛いものであるから、せめてプライベートは充実させたい

それが「手段」として捉える仕事

 

その人の在り方というのは、仕事以外の時間を充実させたいがために、働いて稼いで好きなことにお金を使うこと

 

幸福度が示すもの

人生の重きをどこに置くかで、仕事に対する考えは異なってくる

 

僕のように仕事することを生きがいとしたい人間は、平気で仕事に熱中するし、休みだって返上したっていいと考えている

まさに社畜である

 

逆に仕事を定時で終わらせ休日出勤もお断り

その代わり家にいる時間を増やして家族サービスや自分の趣味の時間に割きたい人もいる

 

どっちも本人にとってはとても幸福度の高いこと

だからどっちの生き方が正しいのかなんて正解もないし、僕も他人にとやかく言う筋もはっきり言ってない

 

あくまで僕はこっち派の人間です、とだけは言っておきたい

 

幸福度というのは、その人がどれだけ幸せと感じているかということ

 

その幸せを得られる場所を仕事かプライベートかってだけの違いである

 

でも何も僕はプライベートが充実してなくてもいいということではなく、あくまで両方を充実させたいという考え

 

人は承認欲求というものを欲しがる生き物だから、どうしても自分に意味を持たせようとするし、他人に押し付けもするけど、極論そんなことはどうでもよくて、結局自分がどう在りたいかに尽きる

 

承認欲求を満たしたいなら

まずは自分を認めることが、一番楽だと最近気が付いた

 

かっこよく言ってますが、そっちの方がかっこいいです

 

他人に認めてもらいたいのが承認欲求だけど、結局他人に認められようとすると、自分に嘘をつくこともあるし、無理することもあるわけで

 

最近すごくそういうのが面倒くさくなってきた

 

もっとむき出しのまま、ただやりたいことやってく人生の方がよっぽどマシ

 

かといってそれを他人に押し付けるつもりもない

ただ僕は僕の行きたい方向に行きたいだけで、それに他人を巻き込むのは違うよなと思ってる

 

自分のやりたいことやってたら自然と人が集まってきたくらいが丁度いいし、そっちの方がモチベーション高く保てる

 

発信を続けると本当にそういう人が周りに集まる

 

これを引き寄せなんても言うけど、あながち引き寄せの法則はあるものだと思ってる

 

思ってるだけじゃなくて、発信することで自然と自分の周りにはそういう人が寄ってくるし、気がついたら環境なんて変わってる

 

というのがここ半年で僕の周りで起きてること

 

毎日刺激されっぱなしだし、色々な新しいことを学べるからすごく楽しい

 

ブログではまだ全部を発信しきれていないけど、徐々に出していくつもりではいます

 

いつしか仕事嫌な人は働かない毎日が充実して過ごせるようになればなぁ、なんて夢想

 

なるだけ肯定して生きていきたいな、なんて思う日々であります

自分も他人も

 

 

アディオス