生意気

ネット関係に勤める僕が生意気にも好きなことを語る備忘録的ブログ。好きな言葉は「急がば回れ」

「ライターは文章が下手でもいい」の理由

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最近インプット過多により、なかなかブログに書くネタが固まらない生意気(@canworks100)です。今月から、とあるネットメディアでライターとして働き出した(働くというか遊んでいるというか)僕ですが、色々と新しい知識を詰め込みすぎてアウトプットに持ってけないであります。

 

色々書きたいことはできているのですが、僕の中でまだ文章に起こせずに、ずっとネタが蓄積されていっているのです。

 

なんたるインプット過多だと思いながらも、これはこれで楽しいので、僕は「まぁ、急いで出すつもりもないか」なんて思い、ここ最近は単調な記事ばかりあげてました。すいません。その時にハマっていることを記事としてまとめてました。車とか漫画とか。いつかしっかりリライトします。

 

最近はですね、仕事の方が割と充実していて、今はなんだかんだ編集をやらせてもらってます。書くことがメインであったライターから、それを仕上げる編集側に移ると、なんだか一気に視野が広がって、楽しくなってしまい、同時に新しいことも学ぶことになって、だんだんとメインが変わってしまっています。

 

というか僕の意識としては、兼業という意識でライターの仕事をやっているんですけどね。何も、書くことがなかったら、記事なんて上げなくていいと思うのですが、いかんせん何か書きたい欲が、家に帰ると湧き上がり、その時に好きなものをネタに記事を書くスタイルがここ一週間のことでした。

 

ライターは文章が下手でも良いと言われた

僕が今の所で働き始めてからしばらくしてからのこと、編集者さんから言われた一言です。

 

「ライターはね、文章なんか下手でも良いんだよ」

 

その時僕は、遠回しに「お前の記事は下手だ」なんて言われてしまったのかと思ったわけですが、その編集者さんは意識が高い系と言いますか、ものすごく物事をロジカルに考える方なんです。

 

なので何か裏があるのか?なんて僕なりに考えていたら、数日して「生意気くん、編集に移らない?」と言われたわけです。別にライターから編集側に回ることは、昇格でもなんでもないんですが、僕は新しいことができる!と思い、この件を承諾。

 

そして今なわけです。で、それからですね。なんとなくこの人の言っていることがわかった気がします。

 

 

編集者の役割

 

一般的なライターの世界。というか読み物系媒体の話ですが

 

「ライティング」⇨「編集」⇨「公開」

 

という順番でメディアに上がるわけです。それは雑誌だとか本だとか、Webメディアでもそうなっているかと思います。ブログだと完全に、自分なりの文章で上げられるから面白いんですけどね。しかも文章うまい人いっぱいいるし。

 

そんな流れで、世の中の読み物媒体は公開されているわけです。最近では幻冬舎の編集者である「箕輪厚介さん」が有名になっていますが、読み物系ってライターもそうだけど、編集者ありきでもあるんです。

 

編集者は、ライターさん又は作者から上がってきた原稿を、世に出せる形に編集して出すわけですが、ここで先述した「下手でもいい」という言葉が出てきます。

 

 

 

ライターは原稿を自分の原稿だと思わないこと

 

編集の仕事は、ライターさんから上がってきた原稿を仕上げることが、主な仕事です。もちろんそれ以外にも企画立案や検閲、リライトなんかもあるんですが、編集者の名前の通り「編集」がメインです。

 

つまり1つの記事は「ライターと編集者」のものでもあるわけです。ライターさんも独自の世界を持って記事を仕上げているわけですが、編集側も独自の世界を持っています。まあ、あまりそこの世界観をメディアに出さないようにするのが、編集の仕事なんですけど。

 

ある程度、所属するメディアごとの色に合わすのが編集で、ライターさんもガイドラインに沿って記事は作成しているのですが、結構人によっては、自分らしさ全開又は、適当なことが多い。僕が編集さんに言われた「下手でもいい」という意味は、編集という立場を生かすためだったのかな、なんて思うようになってきました。

 

 

編集者もライター。自分の世界を構築している

 

僕も、ライターさんから上がっていた記事を編集するのが、楽しいです。ブログかよ!この人!みたいな記事を書いて来る人もいて、オイオイオイオイオイと思うんですが、なんだかんだ僕のやりたいようにできるので、嬉しかったりします。

 

それと、客観的に見て、こうした方がいいんじゃないのか?て思ったとこを手直しすれば、記事がまた一段とよくなるわけです。要はリライトみたいなものですよね。編集側は、より「世間に見られる」という意識だ強くなっているので、より客観的に見ることができます。

 

そんな意味では、「下手でもいい」のかなぁ、なんて思っています。編集ありきで書いている。なんて言うとブログをやっている方は「自分で書いた記事が手直しされるのか!!」なんて反感を買いそうなものですが、そもそもブログとライティングの世界は違うんだなって改めて思ったところです。自分で書いた記事がさらに洗練されるって意味でも、いい方向に捉えてくださいね。

 

 

優秀な編集者はマジですごいと思う

 

世の中に出ている書籍って、ほとんどがこういった中間を挟んで、一人ではなく、いろんな人が関わって一冊の本が出来上がっています。それこそ先述した箕輪厚介さんは、編集者ですが、本当に何やってんだろ?てレベルで何やってんの?あの人?笑

 

編集者は、ライターさんの記事を修正や検閲なんかもやるんですが、企画立案とかも難しいところ。何が面白くて世の中にウケるのか?この人の話だったら面白いとか。

 

例えば、『多動力』や『人生の勝算』は箕輪厚介さんが編集をしているわけですが、マジですげーなんて思う。

 

 

 

 

 

 まあ、原案が素晴らしいというのもあったんでしょうが、この2つの本を書いた二人を相手にすんのは、今の僕からしたら恐れ入る。堀江貴文 前田祐二

 

 「イケる!」て思った何かがあったのでしょうか。気になる・・。

 

 

仕事は一人じゃできねない

 

僕は前職のトラウマから、「一生フリーでやってく!!」なんて意気込んで見たものの、なんだかんだ今のところに落ち着きました。ライターという職業に興味があったのと、その時興味があることを仕事にしよう、という楽観的な気持ちでやっているので、特に不満もないです。

 

でも、「ひとりで仕事をしていくのは無理」ということも改めて痛感しました。といっても僕の考えは単純で「なんでもひとりでこなす」みたいな感じだったんです。孤高のフリーランスみたいな。

 

誰かに何も言われず、自由気ままに仕事も自由に選んでなんて思っていたのが、今は誰かと時間を共有して、仕事をやる楽しさに目覚めました。綺麗事だ。完全に。

 

ブログは好き勝手やっていきます

ただまぁ、本当に自由には書いていけないのが、通常のメディアの不満点。それこそ、ライターさん側も「自分の記事が世の中にでる!自分なりに書くぞ!」なんて思いで、面白おかしく書くんでしょう。

 

だいたいスベってますがね。でも僕も自由に書く場所は欲しいです。だってつまんないですよ。はっきり言って。

 

ブログはそんな世間受けするような、誰に対してもフラットなモノでは無いはずなんで、非難が集まるのもだいたいブログ。なのでここでは偏ったことを書くつもりです。

あまり尖った記事も無いんですがね。

 

そんなわけでここらで

 

 

アディオス

 

 

 

 文章の構成などが知りたいライターの方には、この本がおすすめです。僕が今ブログなどの記事を書くときの参考にさせてもらってます。