生意気

ネット関係に勤める僕が生意気にも好きなことを語る備忘録的ブログ。好きな言葉は「急がば回れ」

否定よりも肯定にエネルギーを使おう。

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どうも生意気です。

 

 

ちょっと暗い話ですが、小林麻央さんの悲報関連のニュースが何かと目立ちますね。

 

特に小林麻央さんや、海老蔵さんに興味があったわけではないんですが、ニュースサイトを覗くと、どうしても関連ニュースが目につきます。

 

そんな風に何気なくニュースサイトを見ていたら、気になる記事がありました。

 

geinou-news.jp

 

記事中では「ちょっと考えられない」とか「不謹慎」なんてワードが飛び交っています。

 

それ以前でも、海老蔵さんが度々更新するブログをこれまた「不謹慎だ」なんて叩く連中もいらっしゃいます。

 

親族が亡くなったら、喪に服さなければならないなんて言われているんですが、僕はこの考えにはどうにも腑に落ちません。

 

僕の死生観というのは、身内や知り合いが亡くなっても、変わらず生活することが一番良いと思っているから。

 

 

という考えを持っていて、正直亡くなった方も、家族がいつまでも悲しみにふけっているのを見たくないし、自分が死んでまで迷惑かけたくないです。

 

”悲しみ”に向かうだけの人生なら、僕は今、生きていません。

 

そもそも残された親族の方が、どんな想いでいるのかっていうのが、一番気にかけることで、何も立ち直ったからディズニーに行ったとかではないはず。

 

ここで目立つのが非難コメントをする人々。

有りえないとかの声まで上がっていて、そんな否定するあんたが有りえんわと思いました。

 

今回のことだけでは有りませんが、こう人のことを素直に喜べない人とか、すぐにアラを探す人は、「どんだけ他人を気にしてんだ」って話です。

 

否定するよりも肯定することにエネルギーを使った方がいいのに。

 

 

 

アラを探すより良いところを見る

 

実は結構難しくて、素直な人間じゃないとできないのがこれ。

肯定って実は表に出てこない表現なんです。

 

否定は気に入らなければ口にするが、肯定は出来て当然だという感情を持ちやすい。

 

単純に褒めらえた方がいいし、そっちの方が伸びます。

 

ライザップのトレーナーなんか、みんなこの指導法なんですよね。だから伸びるし本当に結果にコミットしてるんですよ。

 

そんで面接でも結構絞っているんだとか。

なんでも100人面接して受かるのが2人ほど。

 

そんだけ選りすぐりして、やっと出てくるのが優秀な指導者なんです。

 

教育者はぜひライザップを見習うべき。

 

僕の場合はほとんど否定される環境で生きてきたものですから、劣等感の塊です。実際。

 

僕はこういうことをしたいと話しても、「それは無理だよ」と言われるので、友達にすら言われるので、最近は合わないようにしています。

 

結局人は選べるんだから、僕はやりたい方に進んでいこうと思いました。

 

「他人は変えられないんで、まずは自分が変わること」

 

 

他人に期待しない

 

他人や環境に期待しないのも、非難を無くす効果的な方法。

 

そもそも否定的なコメントをする人は、まず「他人を自分の意見に同調させよう」という考えや「自分の考えを押し付ける」という考えに起因します。

 

「他人を変えよう」という感情ですが、これはまず無意味。

 

そもそも他人は他人だし、自分は自分なのだから、その軸をわざわざ自分に持ってこようとするのは間違いです。

 

自分がこうだと思っているから、こうあって当然だと思うから苛立ちを覚えるわけで、そんな人は結構います。

 

苛立つ原因って”人”か”環境”です。つまり周りですからね。

これを自分に向けることで、その怒りなんてのは、簡単に抑えることができます。

 

この人といる自分が悪いとか、ここにきた自分が悪いとか。

そうやって判断すれば、自ずとどうすべきか答えが出てきます。

 

そこに居なければいいのです。

 

周りに依存しているから否定的な感情を持つので、そこを断つこと。

 

同調ではなく共感

 

僕のトラウマである前職の上司がとことん周りに依存する人で、ものすごいほどの”同調圧力”をかけてくるわけですが、それは”あなたの考えであって全てではない”わけですよ。

 

 

会社っていうものは「同調」した人の集まりであり、最も良い環境を作れるのは「共感」な気がします。

 

それがネットなんかもそうで、ネット内でしたらこうやって自己発信をすることで、それに「共感」してくれた方が自然と集まってくるようになります。

 

そうすれば自ずと自分の好きな環境は作れます。

 

なので、まずは自分なんですよね。他人なんか気にせず。

 

同調ではなく、共感共有でそれがコミュニティになってきますから。

 

 

否定からは何も生まれない

散々言われてきてますが、否定からは何にも生まれてきません。

正確には生まれるのは負の感情で、なんら生産性もないことばかりです。

 

というか、非難コメントにしろ、したところで何も意味ないのでは?と思う。

 

だいたいの人が、なんの論理のかけらもない感情的な非難だから僕は嫌いなだけです。

 

もっとロジックがるような意見であれば面白いんですがね。

 

冒頭の”喪に服す”に関しても、なんら意味もなく生産性の無くなった人間が増えるだけです。

それで”喪に服す手当”でも会社から出ればいいんですが、何も無いじゃないですか。

つまり、”喪に服す”という考え自体、現代においてなんの意味も為さない週間なわけです。

 

遊びに行くのはダメで、仕事をするのはオッケーなんてご都合主義もいいところ。

 

まとめ

 

否定的意見は僕はあまり聞かないようにしています。

 

間違っているも何もわからないことがほとんどなので、まず自分がやりたいようにやるを徹底して仕事を辞めてからずっとそうしてます。

 

僕自身こんなに否定がなんだかんだ言っていますが、仮にあっても見向きしないですね。

そっちの方がいいし、共感してくれる方も少なからずいらっしゃるので。

 

そんなわけで、否定的意見よりも肯定していこうと言う話でした。

 

アディオス。