生意気

自動車整備士だった僕が退職してネット業界の人間に転身!仕事を悩める人に新しい価値観を提供したい系雑記ブログ

下手はコンテンツになりうる

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ネットで有名なこちらの画像。

 

NHKの番組「おかあさんといっしょ」第19代目のうたのおねえさんであるはいだしょうこ画伯の絵である。

 

この画像はめちゃくちゃ有名で、定期的にネットで話題に上がってくる。

 

おかあさんといっしょに出てくるキャラクター”スプー”を書いたものだが、言われなきゃわからないレベルの絵の下手さである。

 

そしてふとこの絵を見て思ったのだが、「下手はコンテンツ」になるんだなぁと考えた。

 

 

 

下手なほうがウケがいい

 

絵が上手い人の絵は上手い。

 

それによって格付けもされるし、正当な評価を得る場合もあるけど、際立って才能を見せつけるには、他とは群を抜いて上手い必要がある。

 

絵が上手いことに関しては自慢していいし、それをどんどん発信すべきである。

しかし、”上手い”には上限があり、ある一定の評価で止まるような気がする。

 

人に感動を与えられる絵や、影響を与えるような作品ともなれば素晴らしいとの評価を与えるが、それはそれまでである。

 

 

逆に絵が下手な人はとことんバカにされるしネタにされる。

 

ことはいだしょうこさんに関しても、”うたのおねえさん”という立場でありながら、あの絵のセンスである。

 

これはある意味で売りになるし、見ていて面白い。

 

完全にネタ扱いされるものの、実際のところ人が何かを見る上で、一番面白いのがこの”下手”であることのような気がする。

 

 

僕の好きなゲーム実況者でゼルダのセナさん」という方がいる。

 

彼はゲーム『ゼルダの伝説』シリーズの実況動画をあげており、『ゼルダ』の実況者と言えば”セナさん”とまで言われている方だ。

ゼルダ歴も長く10年以上だと豪語しており、その他のゲームにも精通している。

 

しかし、それだけ歴戦練磨のゲーマーでありながら、言ってはなんだがプレイはあまり上手いとは言い切れない。

 

動画を撮影しながらが影響しているのか定かではないが、何かと見ていてムズムズするシーンが多々ある。

 

セナさんは動画の編集が上手く、ゼルダの世界観を生かした動画編集が魅力の実況者だ。

 

僕は彼が作るエンディングが見たくて、そのゲームのパートは全編通しで見るようにしている。

youtu.be

 

そんな”上手い”魅力を持ちながらも、肝心のプレイ自体は焦ったさを感じる場面も出てくる。

 

そこがまた動画編集の良さと相まって彼の評価になっているのだが、”ゲームの上手さ”は良いとは言えない。

 

 

 

同じことはCSフジの人気番組ゲームセンターCXにも言える。

 

よゐこの有野さんがレトロゲームを全クリするという「有野の挑戦」がメインの番組。

 

有野さんも、かなりゲームが下手なのだ。

見ていると「ウワァァァァ」とこれまたムズムズするプレイを見せてくれるのだが、やはりこれはこれで見ていて面白い。

 

特に僕は『セプテントリオン』の回が好きだ。

爆笑必至です。

 

youtu.be

 

 

 

上手い人の上手いは退屈

 

仮にこれらのプレイ動画をめちゃくちゃ上手い人がプレイしていたら、それはそれは退屈なものになりそうだ。

 

ここのボス難しいんだよな、と言われているところを、難なくクリアしていたら、動画に面白みがなくなる。

 

前述の絵でも同じことが言える。

 

もしもはいだしょうこさん”が、めちゃくちゃ絵が上手いで有名であったとして、高クオリティの”スプー”を書いていたら、「おお、さすが!上手だね!」で終わってしまう。

 

だけど、ここではいださんは”下手”だったからこそ、こうやって数十年経った今でも、たまにネタにされて、同時に知名度も残しているのだ。

 

 

全くうたのおねえさんの名前なんか知らないですもんね。よっぽどのファンでなくちゃ。

 

 

実際のところ、”上手い”よりも”下手”なほうが需要がるような気がする。

 

下手だからこそ、下手なりに頑張って、それが実ってゲームクリアしたほうが、ドラマ性があって、より一層面白くなりますもん。

 

 

 

 

下手でも好きだったらやる

 

なぜか趣味とかは”上手”でないとダメな風潮がある。

 

ゲームが好きだったら上手くないといけない。

歌が好きだったら歌が上手くないといけない。

スケボーが好きだったらちゃんと滑れないといけない。

 

人の趣味に、とやかく言う悪趣味さんはほっとけばいいのですが、こんな理由で志半ば好きになりかけていたものを辞めてしまう人は多いと思います。

 

前述のセナさんや有野課長だって”ゲームが好き”だからやっているわけで、そこに上手いも下手も関係ないわけです。

 

だから別に好きなことであれば、”下手”でもやったらいいんじゃないですか。

 

文章を書くのが好きだったらどんどんブログでも書けばいいと思いますし、たとえお金にならなくてもサッカーや野球を続けてもいいと思うんです。

 

masaki-desuyo.hatenadiary.jp

 

フリーライターの真崎さんが、上記の記事内にて『人生を楽しくするのは「好き」の濃度でしょう』と語っていて、まさにその通りだと納得したものです。

 

なんか勘違いしている人が多い気がしますが、上手い下手は技術の尺度であり、それだけで優劣の差はつかないんですよね。

 

だから現に「好き」を「食える」レベルにまで持っていっているわけですよ。

 

 

僕がここで言いたいのは「上手いから凄い」でも「下手だからダメなんだよ」てことはどうでもよくて、「下手でも世の中渡っていけるんですよ。好きだからやっていけるんでしょ?」てことです。

 

 

だから「下手はコンテンツ」になります。

 

 

アディオス。